概要
| 名称 | 元離宮二条城 |
|---|---|
| カナ | モトリキュウニジョウジョウ |
| 住所 (地図) | 〒604-8301 京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町541 |
| 電話番号 | ※お問い合わせの際は「ぐるっと京都を見た」とお伝えいただければ幸いです。 TEL:075-841-0096 FAX:075-802-6181 |
| ウェブサイト | http://www.city.kyoto.jp/bunshi/nijojo/ |
| アクセス | JR東海道線「京都駅」より、市営バス9・50・101号系統「二条城前」下車すぐ JR山陰本線「二条駅」より、徒歩10分 阪急電車京都本線「烏丸駅」より、市営バス12・101号系統「二条城前」下車すぐ 阪急電車京都本線「大宮駅」より、タクシーで約5分 地下鉄東西線「二条城前駅」下車すぐ 京都南ICより約7km、京都東ICより約9km(駐車場:2時間まで600円、以降200円/1時間、約210台分) |
| 時間 | 開城時間:8:45~17:00(入城受付は16:00まで) |
| 定休日 | 火(1月・7月・8月・12月(ただし、当該日が休日の場合は、その翌))・年末年始 ※行事やGW・お盆・年末年始は変更されている場合があります。事前にお確かめください。 |
元離宮二条城[もとりきゅうにじょうじょう]は、京都府京都市中京区にある江戸時代の平城です。世界遺産。通称の「二条城[にじょうじょう]」で一般的に知られています。
「二条城」は、足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏によるものがありますが、現在の二条城は徳川家康による築城で、家康の将軍宣下、徳川慶喜の大政奉還と、江戸時代を越え、大正天皇即位の大典が行われるなど、戦国時代終焉から近代に至る歴史の表舞台に幾度となく登場しました。
城全体が国の史跡、二之丸庭園が国の特別名勝、二の丸御殿が国宝、二の丸御殿障壁画954面が重要文化財に指定されています。
城郭情報
| 通称 | : | 二条城[にじょうじょう] |
|---|---|---|
| 城郭構造 | : | 輪郭式平城 |
| 天守構造 | : | 複合式望楼型5重5階 |
| 築城主 | : | 徳川家康 |
| 築城年 | : | 1603年(慶長8年) |
| 主な城主 | : | 徳川氏 |
| 廃城年 | : | 1871年(明治4年) |
年表
- 1601年:徳川家康が二条城築城着手
- 1603年:二条城落成(二の丸部分)。徳川家康が初めて入場。
- 同年:徳川家康、征夷大将軍補任を受け、将軍就任の祝賀の儀を行う。
- 1611年:二の丸御殿において、豊臣秀頼と徳川家康が会見。
- 1614年:大阪の役(大阪冬の陣・大阪夏の陣) の本営となる。
- 1619年:第2代将軍徳川秀忠の娘・和子の後水尾天皇への入内に備え、改修。
- 1624年:第3代将軍徳川家光が後水尾天皇の行幸を迎えるため、城の拡張・殿舎の整備に着手。
- 1626年:本丸・二の丸・天守完成。現在の規模となる。後水尾天皇の二条城行幸。
- 1634年:第3代将軍徳川家光が三十万人と称する大軍を率いて入城。このあと二条城には二条在番を置き、留守居をさせる。以降、幕末まで二条城が将軍を迎えることはなかった。
- 1750年:落雷により天守を焼失。
- 1788年:大火による飛び火が原因で本丸御殿、隅櫓などが焼失。
- 1862年:第14代将軍徳川家茂の上洛に備え、二の丸御殿は全面的に修復し、本丸には仮御殿が建てられた。
- 1863年:第14代将軍徳川家茂の上洛、二条城入場。将軍の入場は、1634年に第3代将軍徳川家光が入場して以来)
- 1863年:第14代将軍徳川家茂の再上洛、二条城入場。第二次長州征伐の指揮を執るため大坂城へ写り、翌1866年に病死。
- 1866年:二条城にて一橋慶喜(徳川慶喜) が第15代将軍拝命の宣旨を受ける。
- 1867年:十月、二条城に40藩の重役参集、大政奉還の会議。二の丸御殿大広間において慶喜が大政奉還を発表。
- 1868年:鳥羽・伏見の戦いが勃発。二条城内に太政官代が設置。
- 1871年:二の丸御殿内に府庁が設置。京都府庁舎となる。
- 1873年:陸軍省の所管となる。
- 1884年:宮内省の所管となる。「二条離宮」と改称。
- 1891年:大津事件により、明治天皇が宿泊。
- 1893年:京都御所北東部にあった桂宮御殿を本丸に移築し、本丸御殿とする。
- 1897年:二の丸殿舎の破風金具、入側小屋、廊下回り格天井の貼付絵を新装。
- 1915年:大正天皇即位の大典が行われ、大饗宴場を造営。南門や二の丸御殿の附属建物が増築。
- 1939年:宮内省より二条離宮を京都市に下賜。「元離宮二条城」と改称。二の丸庭園が国の名勝に指定される。
- 1952年:二の丸御殿六棟が国宝に、本丸御殿隅櫓など二十二棟の建物が重要文化財に指定される。
- 1953年:二の丸庭園が国の特別名勝に指定される。
- 1965年:清流園作庭。
- 1982年:二の丸御殿障壁画が美術工芸品として重要文化財に指定される。
- 1994年:ユネスコの世界遺産リストに登録される。
- 2006年:日本100名城(53番) に選定される。
構造・建造物
概要
出入り口としての城門は東西南北に1つずつあり、正門は堀川通に面した東大手門となります。南門は1915年(大正4年) の大正天皇即位の大典に際して新たに造られたもので、この南門と西門は外堀を渡る橋が撤去されており使用されていません。また、北大手門には外堀を渡る橋がありますが、普段は閉鎖されています。
二の丸の中心的建造物である二の丸御殿は、築地塀で囲まれていて、唐門は塀の南側にあります。唐門をくぐった正面には、二の丸御殿の玄関にあたる「車寄[くるまよせ]」があります。二の丸御殿には、「遠侍[とおざむらい]」、「式台[しきだい]」、「大広間」、「蘇鉄の間[そてつのま]」、「黒書院[くろしょいん]」、「白書院[しろしょいん]」と呼ばれる6つの建物が並んでいます。また、「台所」と配膳をするための「御清所」と呼ばれる建物があります。
本丸御殿は御所の北にあった桂宮御殿を1893年(明治26年) に移築したもので、春と秋に期間限定で公開されていたが、耐震性の不足が判明したため2007年(平成19年) 春を最後に公開を中止して以降、内部公開はされていません。
天守
創建時の天守は、江戸時代以降の『洛中洛外図屏風』に望楼型の5重天守として描かれています。1750年の落雷によって天守は焼失し、再建されませんでした。現在は天守台が残っています。
二の丸御殿
唐門から入ると、豪華に装飾された車寄[くるまよせ]があります。屋根は檜皮葺[ひわだぶき]で、床は牛舎が入れるようになっています。
大広間は、二の丸御殿の中で最も格式の高い部屋で、第15代将軍徳川慶喜が 1867年(慶応3年) に大政奉還を発表した部屋です。
黒書院は、将軍と親藩大名・譜代大名の対面所として使用され、白書院は、将軍の居間・寝室として使用されました。
本丸御殿
1788年の大火による飛び火で焼失し、永らく再建されませんでした。1893年に桂宮御殿を移築して再建をはたしました。この桂宮御殿は、仁孝天皇の皇女和宮が第14代将軍徳川家茂に嫁がれる前の約1年8ヶ月にわたって住まわれた建物です。2007年以降は、耐震性の不足により内部公開が中止されました。
庭園
二の丸庭園は、家康による二条城築城時に造営されたとされています。別称「八陣の庭」。書院造庭園で、神泉蓬莱の世界を表しているいわれています。二条城は、永らく将軍不在の時代が続き、第15代将軍徳川慶喜の上洛時には二の丸庭園は荒れ果てていました。1884年に二条城が宮内省の所管となって以降、5回以上改修が行われて今日に至る基本的な景観が完成したと考えられています。1939年(昭和14年) に国の名勝に、1953年(昭和28年) に国の特別名勝に指定されました。
本丸庭園は、1788年の大火による飛び火で焼失する前は、二の丸庭園にひけをとらない庭園だったと考えられています。現在の庭園は、1895年(明治28年) に明治天皇が本丸に行幸された折に改造を命じられ、1896年(明治29年) に完成した芝庭風築山式庭園です。
清流園は、二条城築城時は城内通路と天守閣の一部が存在していた場所と推定されています。その後、様々な建造物が建てられましたが、1950年(昭和25年) には GHQ によりテニスコートに転用されました。その後、1965年(昭和40年) に、東半分が芝生を敷き詰めた洋風庭園、西半分は二棟の建物を含めた池泉回遊式山水園(和風庭園) からなる和洋折衷庭園として造営され、現在に至っています。
文化財
世界遺産
1994年(平成6年) 12月、「古都京都の文化財」を構成する17の歴史的建造物の1つとして世界文化遺産へ登録されています。
国指定文化財
国宝
- 二の丸御殿
- 遠侍及び車寄
- 式台
- 大広間
- 蘇鉄之間
- 黒書院(小広間)
- 白書院(御座の間)
重要文化財
- 本丸御殿
- 櫓門
- 玄関
- 御書院
- 御常御殿
- 台所及び雁之間
- 二の丸御殿
- 築地
- 唐門
- 台所
- 御清所
- 障壁画
- 城門
- 東大手門
- 北大手門
- 西門
- 鳴子門
- 桃山門
- 北中仕切門
- 南中仕切門
- 隅櫓
- 東南隅櫓
- 西南隅櫓
- 土蔵
- 土蔵(二の丸御殿台所北)
- 北西土蔵
- 南西土蔵
- 東南隅櫓北方多門塀
- 二の丸御殿障壁画
史跡
- 二条城の外堀を囲む道路も含めた二条城全域
特別名勝
- 二の丸庭園
ご利用にあたって
入城時間
- 開閉城時間:8:45~17:00
- 最終入城時間:16:00
入場料金
- 一般:600円 / 中・高校生:350円 / 小学生:200円 / 小学生未満:無料
- 団体(30名以上) 料金:500円/人
- 京都市内の小・中学生は、土・日無料
- 京都市内の70歳以上で京都市敬老乗車証等をお持ちの方は無料
- 京都市内の70歳以上で介護保険被保険者証をお持ちの方は本人と介護者1名が無料
- 身体障害者手帳、療育手帳、戦傷病者手帳、被爆者健康手帳、精神障害者保護福祉手帳等をお持ちの方は本人と介護者1名が無料
駐車料金
- バス:2,500円(30台)
- 乗用車:2時間まで600円、以降+200円/時間、1日券1,400円(210台)
- 小型・大型二輪:300円
- 自転車:200円
二条城駐車場:075-801-5564
写真・ビデオ撮影について
二の丸御殿内の写真・ビデオの撮影は禁止です。また、城内での一脚・三脚のご使用も控えてください。
諸設備について
- コインロッカー(有料)
- 売店(休憩所内)
- 車いすの貸出し(無料)
- 身体障害者用トイレ(清流園南側)
- 日・英・中・韓音声ガイドシステム(有料)
なお、お弁当は休憩所内で召し上がってください。















